謙遜はほどほどに

謙遜しすぎて失敗した話

知人で親しくはしているのだけど、歳が一回り以上違うのである程度の気遣いや謙譲の気持ちもあって、あるとき謙遜に謙遜を重ねてしまったら、みごとに失敗しました。。。謙遜はできるだけしておいた方が良い、という独りよがりな考えが一変する出来事でした。

謙遜というのは、ある意味紙一重。

相手がストレートにこちらの謙遜と汲み取ってくださるような方なら問題ないのですが、取り方は人による、というのが大前提。相手の方が日頃から小難しく考えがちな方なら、余計に謙遜はほどほどにしておいたほうが良さそうです。

小難しく考えがちな方というのは、こちらが投げかけた言葉に対して、事細かに分析をし始める人ではないかと。「それっていうのは、こういうことでもあるよね?」みたいな思考をされる。こちらは軽い気持ちで口から出した言葉にも関わらず、深い意味を求めようとする。

私にとってはお手上げ状態でした。いいえ、相手の方の責任なのではありません。私の身から出た錆。

 

謙遜は一度きりに。それが身を守る方法のひとつ

私がもう少し自信を持っている人間だったら、そこまで卑下や謙遜なんてする必要もなかったはず。私に自信もなく、ましてや年上の方なのだしという気持ちから、ついつい謙遜に謙遜を重ねてしまった…。これがダメです。自分にできることはきちんとやったのなら、謙遜は一度したらそれだけで十分だと、今後の自分に伝えておきたい。人は様々な捉え方をします。謙遜はただの一度きりにしておくのが身を守る方法のひとつ。

 

褒められたら素直に喜ぶ

褒められると照れるものです。嬉しさももちろんあるのですが、その前に照れる、恥ずかしい、赤面…となるものです。それを打ち消したいがためにも、謙遜や卑下をしてしまうのですが、それが逆効果で裏目に出てしまうことも。そんな変な空気を作り出してしまうよりは、素直に「ありがとうございます!」と喜んだ方が良い場合もあります。年上の方から褒めて頂いた場合はとくに、素直に喜ぶことこそがこちらの気持ちを伝えるためにもスムーズな対応なのかもしれません。謙遜も喜んでする感謝も、どちらもほどほどにバランス良く表現できたら、きっと完璧な対応なのでしょうね。それが難しいからこそ日々勉強なのですね。

 

謝るのも一度で十分

謙遜の場面と似ていることが他にもあります。私は気が弱いせいか、なにか失礼なことをしてしまったり、相手がもしかしたら不愉快に感じるかもしれない、と不安になるとすぐに謝る癖があります。なんでも「ごめん!」「ごめんなさい」「申し訳ありません」「すみません」を連発しがち。とくに文章だけのメールのやりとりが続く場合には、この謝罪の言葉を連打しがちです。

しかし一方では、相手がミスをしてこちらが迷惑をかけられた場合でも、相手はあまりすぐには謝らないし、謝り方もスッキリと一度だけ、というのを度々見受けることがあります。人の対応の仕方から多くのことを学ぶことができますが、この点についてもとても参考にしています。

中には私のようにメールの文面で何度も謝罪を述べるような方もいましたが、逆の立場になってみて気付きましたが、これにはちょっと困るな、という印象を持ちました。あまり謝りすぎても、逆に「そこまで私は不愉快には思っていないのにな。私がそこまで不愉快になるような狭量な人間だとでも思われているのかな?」となんとなく気分が良くない、というのが私のその時の正直な感想。

人との関わりの中でお互いに学べることはたくさんあります。そういった相手からの対応を様々に見ることで、私もやり方を変えることができました。本当に申し訳なかったなと思ったら、心を込めて一度しっかりと謝罪を伝える。これだけで十分に相手に伝わるはずだし、一度だとすっきりとした印象になります。

 

大切にしたい関係

大切な関係を、自らの振る舞いで崩してしまうこともあります。自分は良いことをしているつもりでも、相手にとっては不愉快にさせてしまう可能性もある、ということを覚えておくだけでもお守りになるかもしれません。これからも永くお付き合いとしたいと感じさせる相手だったら、一度や二度のお互いの不愉快な思いは水に流して、改善していける間柄に成長させていけたら、それはとても良い人間関係なのではないかな、と最近思うようになりました。

もしも、何度も立て続けに不愉快な思いをさせられるとか、直して欲しいことを伝えても改善がない場合などは、思い切って連絡をしばらく断つなどして関係を絶つことも大いに有りだと思っています。そういった相手とは、時間が解決してくれる場合もあります。自分と相手が一緒になって、お互いの態度を直すまでの時間を共有する代わりに、それぞれが別の誰かとの関わりから各々が学びとって修正作業をする。それが完了するまでは会わないようにする。それが「時間を置く」という意味だろうと思います。

自分のダメなところにちゃんと目を向ける。これが一番辛い作業かもしれないけれど、これがちゃんと出来るようになると、大人としてどんどん成長できるようになるんだと思います。