美しいもの、豊かなものを伝えるために

他とは違う視点を持つことを教わった

先日見つけて、ハッとした記事がありました。かなり前の記事のようですが、リリー・フランキーさんが武蔵野美術大学の取材で答えているもの。

就職なんてたいしたことじゃないと教えてあげたい。人生のすべてを決定するものじゃない。とくに美大生は、美大以外の大学で得られるものとは違う、もっと美しいもの、もっと豊かなものを得るために美大へ入ったはず。そこで得られるものは社会の一般的なものさしで戦っていくには弱い刀かもしれないけど、美大生にしか持てない刀のはずなんです。だから、それにもっと誇りをもってほしいと思うんですよ。

 

私も美大生をほんの少しかじっている者として、ものすごく共感した言葉です。そう、それなんだ、と。

 

 

人が気づかないことに気づける力

日頃から周りの人に、「そんなこと思うんだねー」「えー、そんなこと考えてこともない」など、私の想像することとかアイデアとか、思ったこととかを話すと、たいていはそんな言葉が返ってくる、昔からよく。だから私は、自分はなにか人とは違うことを思ったり感じたり考えたりしてしまう「おかしな」人間なんだと思っていて、普通になろうとか、「みんなはどう思うか」を優先して生きてきている。

 

それでも、自分は人としての常識をそこまで逸脱しているようにも思えない。ただ、観点が、より夢見がちなのはあるかもしれない、たぶん。簡単に伝わりやすく言えば「夢見がち」という言葉になるけれど、それをもう少し砕いてみると、このリリーさんの言う言葉になるのかもしれない。

 

 

写真を撮る衝動

例えば、私の美大への憧れの発端は、写真を撮ることに興味を持ち始めた高校生の頃。空がきれいだ。雲がいろんな形に見える。ネオンが色とりどりで美しい。この空気感いいなー。そんなことを切り取ろうとして父のカメラを借りてみたりしていた。

でも、普段周りにいる友達は皆、そんなことはお構いなしにおしゃべりに笑いに忙しいみたいだった。

 

その頃から私はきっと、「世の中には見落としている美しいものがあるよ」ということを伝えたり表現したりしたかったのかもしれない。それは今でも変わらないことだし、あの頃よりもより一層そういうものを強く抱えているのかもしれない。きっと、この年齢になれば見えてしまう現実を乗り切るためにも、その下支えをしてくれる心の拠り所を求めている衝動かもしれない。

 

リリーさん、ありがとうございます。

その記事はこちらです。 

「美大生にしか持てない刀がある」
リリー・フランキー イラストレーター
http://www.maujin.com/2012/archive/lily_franky/