生理痛や女性の体調不良についてもっと理解を

日本子宮内膜症協会のサイトを読みました。私は当の患者なのですが、このサイトの内容はとても充実していて、患者としても励まされる内容です。しかしその一方で、読んでいるとふつふつとこみ上げてくる気持ちは様々ありましたので、ここに書いておきたいと思います。

 

”不妊症で悩む人の5割が子宮内膜症”

まず、「不妊症」という言葉が私はどうしても受け入れられなかったのです。「できない人」というレッテルを貼られるかんじがして劣等感を抱かせる言葉だと思えたので、たとえ自分に子どもを授かることができない事実があったとしても、自分は不妊症であるとは認めたくありませんでした。認めたくないということは、その先の治療に踏み出す勇気さえも湧いてこないということです。また、個人的には、不妊症ということよりもまず先に、長年続いている生理痛の苦しみを改善することが先なのではないか? という疑念が私の中でずっと渦巻いていたからです。

私は10代のころから重い生理痛に悩ませれてきました。何箇所もの婦人科にも診てもらいましたが、生理痛がひどいと言ってもまだ子宮内膜症にはなっていないという診断が続き、結婚をして妊娠を希望しているのなら、先に妊娠してしまいなさい、という医者からのアドバイスばかりでしたので、できることなら早く妊娠をしたいと常々思い、内膜症のことは後回しにされ、治療には何も踏み出しませんでした。

このような診断の段階でいつも付け足して”ちなみに”と言われたことは、「内膜症があると妊娠しづらい事実はありますけどね」という一言。「妊娠を先にしなさい」という言葉と、「妊娠はしづらい」という言葉との板挟みです。これではどうにも身動きがとれませんでした。

 

子宮内膜症はれっきとした疾病だけど怖くない

「不妊症で悩む人の5割が子宮内膜症」という事例があるのなら、もっともっと先に、まずは内膜症を治しましょうと私に声をかけてくれる医者はなぜいなかったのでしょうか。生理痛を訴える人の中には、妊娠できたことで生理痛も改善するという人もいることから、生理痛の改善策を先に取るということはまずないようです。しかし、「中には」というからには、いろいろなタイプの人が含まれているという意味であるはずです。その一つのタイプとしての「妊娠よりもまずは生理痛を改善したい」と訴える人もいるはずで、なぜそのタイプの人たちの声には耳を傾けないのでしょうか。重い生理痛を訴える患者には、もっと耳をよく傾けて、医療者も患者と一緒になって治療方法を探って欲しいものです。「疾病」とは、治療が必要な病気である、という意味なのですから。

また、私自身も最近になってやっと気づいたことですが、子宮内膜症自体はそれほど恐ろしい病ではないということです。内膜症が原因となって進んでしまう病状もあるでしょうけど、まずは希望を持って治療に関心を持った方がいいと思いました。子宮内膜症は命に関わるものではないこともあって治療を後回しにされていた疾病なのですから、もっと積極的に治療方法を探るべきだと、私も考えを改めました。

 

治療に踏み切るきっかけには、世間の注目度もなのでは?

子宮内膜症がどれほど辛いものなにか、どれほどQOL(生活の質;Quality of Life)を下げて社会生活に影響を与えてしまうものなのか、ということを世間にもっと認知してもらえれば、女性が社会に出ることに躊躇することなく過ごせるはずです。治療方法があることも社会的に認知されれば、励ます人やそれによって踏み切れる人も増えるはずです。お医者さんだってきっとアドバイスする機会が増えるでしょう。

私は会社勤めを30代前半であきらめましたが、その理由は、重い生理痛の原因である内膜症の症状に悩まされる日数が、一ヶ月の半分を超えることが理由でした。同僚男性からは「体調不良で席にいないことが多すぎる」と責められたことがあり、その理由を正直に話したことがありますが、「そんなことぐらい自分で管理しなよ!」と言い捨てられました。男性は知るはずもないのが当たり前なのですが、女性でもこの症状は7〜8割の人は経験したことがありませんから、当然理解してくれない人も多くいました。「生理くらいでどうしてそこまで痛いの?」と平気で言われることもあります。それほどに、重い生理痛や内膜症についての認識がほとんど進んでいないということです。

不妊症を声高に広めるより先に、10代〜50代までの女性の1割には、生理にまつわる痛みでひどく苦しむ人たちもいるという事実を、もっともっと広めて知って欲しいと思います。女性の社会進出が叫ばれる世の中ですが、日常の痛みで周りから理解され難い体調不良のおかげでのストレスを抱えているために、社会に踏み出すことに抵抗がある人も少なくないということが理解されない世の中なのなら、女性の活躍を推進するべき社会ではないと思います。